7話 知らなかった彼の一面
「ねえ、髪束ねてあげてみて。」
「こう?」
「うん。横向いて。」
「こう?」
「うん。いいね。」
彼はさちこの横顔を見てにんまり微笑んで頷いた。
昔からポニーテール好きの男に
ポニーテールを褒められてきたさちこにとっては
これはチャンスだと思った。
「ポニーテール好きなの?」
「うん。」
「どう?合格?」
「うん。いい。」
「良かった。ありがとう。
今度括ってこようか?」
「うん、別にいい。」
「後頭部の形がいいことを私に感謝しなさい。
あんたは帝王切開で生まれたし、
赤ちゃんの時は常に抱っこして
絶壁にならないように気をつけてたんだから。」
幼い頃、
母親にいつも恩着せがましく言われながら
髪を結ってもらってきたせいか、
後頭部の出っ張りには自信があった。
そして今、後頭部の良さをわかってくれる男に
出会って、改めて亡き母に感謝した。
セットしていたアラームが鳴った。
「さ、行こうか。忘れ物ない?」
「うん、あ、お茶、私のどっちだっけ?」
「そっち。」
「私はまだ飲みたいから持って帰る。将生は?」
「お茶はもういいかな。」
「さすがの執着心のなさ。笑」
彼が会計機で精算していた。

「またコスプレも捨てていくんだよね?」
「うん、そんな危険は冒さないから。」
「私が持って帰ってもいいんだよ。
私んちは安全だから。」
「いい。」
「オッケー。しかし、
その執着の無さは素晴らしい人格だよね。」
「そう?」
「なんかさ、将生は今までに
<自分は何のために生まれてきたのか?>
とか考えたことない?」
「ない。」
「えーないの?一回も?」
「ない。
そんなの楽しむために決まってるじゃん。
楽しまなきゃなんの意味もないじゃん。」
「すごいね。素晴らしいね。」
決してスピリチュアルなことを
学んでいそうにない若い彼が
達観した人が言うようなセリフを
堂々と言い切るところがたくましく見えた。
4回目のデートをドタキャンされた後
2ヶ月ほど放置され、次に会った時に
その理由が<メンタルが弱っていたから>
と聞かされた時は
そういうタイプの人間かと思っていたが、
今日の彼はそれを乗り越えたか如く凛々しく
大人の男に見えた。
さちこはそんな彼に
これ以上自分のくだらない人生論を
語ろうとは思わなかった。

ホテルを出て車に乗り込んだ。
「俺、段々視力悪くなってるんだよね〜。」
「そうなの?AV観過ぎじゃないの?
ちょっと控えた方がいいね。笑」
「観過ぎなのかなあ。。。笑」
「レーシックしないの?」
「レーシックしたいけど高いでしょ。」
「保険利かないの?」
「利かないと思うよ。」
「そっか、レーシックって高いんだね〜。」
そう言いつつ、彼が眼鏡をかけず
デートモードでいてくれることが嬉しかった。
「ねえ、将生は映画とか本読んで感動して
泣くことあるの?」
「あるよ。」
「へえ。何系に弱いの?」
「何系?」
「例えば、
恋愛ものとか青春ものとか戦争ものとか。。。」
「うーん。。。恋愛系では泣かない。」
「だろうね。笑
私は「ほたるの墓」観たら必ず号泣するよ。
何度観ても
あのせっちゃんの声聞いたらもうダメ。。。
戦争ものに弱いかなあ。」
「俺は親が死ぬやつとかかな。」
「へえ。そうなんだ。」
「親とか兄弟とか。。。」
「あー身内が亡くなるやつね。わかる。」
「うん、死ぬ系のやつ。」
「そりゃ泣けるね。」
(親想いって意外だな。また好感度上がった。)
これまで彼からは
奥さんとの冷え切った関係の話以外、
家族の話はほとんど聞いたことがなく、
彼は人間関係においても執着なく、
ドライなタイプかと思っていた。
しかし実は両親や家族への想いがちゃんとある
愛情深い一面もあるのだと
さちこは勝手に推察して彼への好感度が上がった。