8話 彼が家族の前で見せる顔
車を発進させるとすぐに彼の方から
さちこの手を握ってきた。
先程車に乗り込む際のさちこの脚を見て
彼はもう大きくなっているに違いないと
さちこは確信していた。
しばらくすると彼のスマホに電話がかかってきた。
彼はスマホをエアコンの送風口に掲げているので
さちこからも着信画面がよく見えた。
画面には彼の苗字にありふれた女の名前が
続いて表示されていた。
「奥さん?」
彼はうなずいて人差し指を口元にかざして
静かにしておくようにさちこに目で合図した。
「うん、シー、ね!」
「うん、もちろん。」
さちこも彼に倣って内緒のポーズをしてみせた。
彼は受信ボタンを押そうとしたが一瞬考えてやめた。
「出ないでいいの?」
「うん。」
「でも奥さん心配しない?」
「多分、違うと思う。」
「そうなの?。。。娘さん?」
「うん。これ、でない方がいいやつだと思う。」
「ふーん。そうなんだ。」
長い着信音の後、やっと切れたと思ったら
またすぐに着信音が鳴り響いた。
「しつこいな。笑」
「急用じゃないの?ほんとに出ないでいいの?笑」
「うん、着いたらかけ直していい?」
「もちろんだよ。」
ちょっとしたハプニングであったが
彼の家族の名前と電話番号を堂々と晒していることに
さちこは彼に信頼されているような気がして
嬉しかった。

遊園地らしき明かりが見えてきた。
「あ、観覧車見えてきたね。」
「あれってそうなのかなあ。」
「うん、多分そうだよ。」
「前来たことあるんだっけ?」
「うん去年ね。」
(それ以上は聞かんでくれ。)
さちこはそう願いながら話題を変えた。
駐車場に着いた。
「電話していい?」
「うんもちろん。」
さちこは車を降りて待っていた方がいいかとも
思ったが、寒かったので迷っていると
彼はすぐに電話をかけ始めた。
「うん。。。うん。。。いいよ。
んー、今日は多分遅くなると思うよ。
うん。。。うん。。。はい。。。いいよ。じゃあ。」
さちこは助手席で息を潜めていた。
電話相手の声は微かに女性の声が聞こえる程度で
何を言っているかまでは聞き取れなかった。
ただ受け答えしている彼の話し方が
これまでさちこにはみせたことのない甘えんぼうで
驚いていた。
(奥さんとは不仲と聞いていたが
あんな話し方するのだろうか。。。)
「やっぱ娘だった。笑」
相手が娘だったと聞いて、
その甘えん坊な話し方に少し納得した。
「そっか。大丈夫だった?」
「うん、荷物が届いてるから開けてもいいかって
ことだった。」
「そっか。大丈夫なの?
またミニスカートとか注文してない?笑」
「大丈夫。笑
あういうのはコンビニ受け取りにするから。笑
そんなリスク冒さないから。笑」
「そだね。笑」
車から降りて、入り口に向かった。
またもや彼の方からさちこの手を繋いできた。
手袋越しとはいえ、
さちこはそれがたまらなく嬉しかった。
そういう時は身体が自然に少女のような動きになる。
寒さも相まって意識せずとも
彼の手をギュッと握りながら
小股でつま先を使ってちょこちょこと歩いていた。
