6話
すぐにエレベーターのドアが開き、デッキを歩いた。
少し風が吹いて肌寒かったから
彼の手の温もりが余計に伝わった。
「お店7時でラストオーダーじゃないかなあ?」
「今何時?」
「7時20分」
「あー、ダメかあ。」
彼はパンケーキ屋に連れて行こうと
考えてくれていたようだったが、
店の入り口にはラストオーダー19:00と書かれ、
看板は終われていた。
「お腹空いてる?」
「うん、普通。将生は?」
「俺、今日は家で晩御飯食べないといけないから
軽く食べるだけだけど、
さっちゃんは普通に晩御飯食べてね。」
「うん。でもお店どこも閉まってそうだね。」
「そうだね。」
建物の中を進んでいくと
テイクアウトの店を発見した。
「テイクアウトして外で食べよっか。」
「そうだね。」
辛いものが苦手なさちこは
タコスを食べたことがなかった。
「タコスって食べたことないんだけど、辛い?」
「種類によるかなあ。辛いの苦手?」
「めっちゃ辛いのは食べれないけど、、、
チーズとか入ってるのにしたらまろやかかなあ?」
他にお店がないのはわかっていたし
彼の前ではなんとなく前向きに食べれそうなものを
メニューの中から探していた。
「あ、チョコレートのがある!これ甘いよね?」
「うん。チョコだからね。」
「じゃあ私これにする。量少ないかなあ?」
「わかんないね。
でも俺はこのチップスにするから
少なかったらこれ食べたらいいよ。」
「うん。」
「飲み物は何にする?」
「外寒そうだからホットにするわ。」
(こんなにメニューを楽しく選べることは
最近あっただろうか。)
さちこはそんなことを考えながら
彼と一緒にレジに並んでいた。
「トイレ行ってこようかな。」
「うん。行っておいで。」
トイレから戻るとちょうど彼がお会計していた。
店は店内飲食もできたそうだが、
20時前には追い出されるとのことだった。
料理が出来上がるのを
二人で壁にもたれながら手を繋いで待っていた。
二人の腕はピッタリとくっついて
もう離れたくなかった。
(そう、これなんだ。私が求めている恋の相手。
恋人っていうのはずっとくっついていたいもの。
周りの目を気にせず、二人であーでもない、
こーでもないと話していること。
こんなにキュンキュンするデートって
今までの人生であっただろうか。。。
イケメンの力はすごい。)

料理が出来上がったので受け取り、
店を出てさっきのデッキに戻った。
「すっかり暗くなっていい感じだね。」
「そーだね。」
「わーめっちゃ綺麗だね。
私、夜景見るの大好きなの。」
嬉しそうに目を輝かせて遠くを見ているさちこを
彼もまた嬉しそうに見守っていた。
「この辺に座ろっか。」
「うん。」
ベンチに腰をかけて東京の夜景を見ながら食べた。
「いただきます。」
「どうぞ。」
「あ、美味しい。美味しい!」
「よかったね。」
「このコーヒー不覚にも美味しいわ。笑」
「そうなの?」
「うん、タコス屋さんのだから期待してなかったけど、
ちゃんと淹れた感がある。」
そう言うと彼が俺にも飲ませてと言わんばかりに
さちこの手元に手を伸ばしてきた。
それに応えるようにさちこがコップを差し出すと
彼はそれを手に取り一口飲んだ。
いつもはセックスしている彼氏でさえ、
<ちょっとそれちょうだい>と言われると
なんとなく衛生的な嫌悪感を感じてしまう
さちこであるが、
彼に同じような仕草をされてもなんとも思わなかった。
というか、むしろ
<私と間接キスしたいの?嬉しい!>
とさえ思ってしまったのである。
「どう?美味しい?」
「わからん。」
「そっか。笑
でも不味くはないでしょ?」
「うん。不味くはない。」
「そーなの。
ちゃんと淹れてるコーヒーの味だと思って。」
「コーヒー好きなの?」
「うん。好きっていうか中毒並みだね。」
「1日どれぐらい飲むの?」
「朝大きいマグカップでまず4杯。」
「どうやって飲んでるの?ドリップ?」
「うん。ペーパードリップ。
飲みすぎるから豆はカフェイン無しのにしてる。」
「俺も結構飲むよ。
朝と会社着いてからと仕事中と家帰ってからと。。。
毎日5杯は飲んでる。
でもカフェイン無しとかじゃない。笑」
「そーなんだ。コーヒー好きなんだね。
コーラばっかり飲んでるのかと思った。笑」
「コーヒー好きだよ。」
「ブラックで飲んでるの?」
「うん。」
「コーヒー好きならそりゃそうだよね。笑」
(どこをとっても私的に完璧ではないか。)
さちこは自分がコーヒーはブラック無糖派だから
男にもやはり同じであって欲しいと
なんとなく思う節があるからであった。
彼は前回会った時は
<コーラが大好き>と言っていたから、
今日はすごく親近感が湧いた。
彼は代わりに
自分の飲みかけのフローズンレモンを差し出した。
寒くなければ
さちこも注文したいと思った一品であった。
それを一口いただけることも嬉しかったが、
何より、彼のその注文センスが
自分と類似していることに嬉しかったし、
恋人同士のような、
彼との間接キスのチャンスにウキウキした。
彼の飲みかけのせいかもしれないが、
ドリンクの味は予想通り
甘酸っぱくて最高に美味しかった。
「これ飲みたかったの。やっぱ美味しいね。」
(こんなにも間接キスに嫌悪感を抱かなかった
相手は小学校の時の好きだった男子以来だな。
そういや、放課後よく彼のたて笛をこっそり
吹くフリをして舐めてたな。笑)
昔の自分の性癖を思い出しつつ、
そこまでまだ好きになっていない彼に対して
間接キスの嫌悪感を感じないのは
やはり彼の外見や清潔感のせいだろうか、
と考えていた。
そして、嫌悪感どころか
彼のストローにさえエロスを感じ、
ストローを舐め回したくなる衝動を抑えていた。
ファンがアイドルのストローを持ち帰ろうとする
気持ちが今になってよくわかった。
柵の下の道路沿いに目をやると
ジョギングしている人がちらほら通っていた。
「ジョギングとかしないの?」
「しない。」
「しなさそうだね。笑」
「俺、形から入るタイプだから
全部買い揃えて走ってたんだけど、
寒い時期から始めて
夏になったから暑くてやめた。」
「そーなんだ。笑 暑いのは嫌だね。」
「嫌だ。寒いのも嫌だけど。」
「寒いのも苦手そうだもんね。笑」
「うん。」
彼はまた長袖のワイシャツを
7分にたくし上げている。
しかも会社のロゴを隠すためか
今日も前回と同じワイシャツと不釣り合いな
千鳥柄のベストを着ていた。
誰が着てもダサく見えるファッションで
一緒に歩くのは嫌だと思うだろうが、
彼ならば気にならない。
<むしろ完璧すぎるから
少しダサい格好のがいいんじゃね?>
ぐらいに思えてくるのである。
彼はそれぐらいのオーラを放っているのであった。
「そろそろ行こうか。」
「そだね。」
振り返ると大勢のベトナム人学生風の若者達に
囲まれていた。
先ほどから将生を見ては
キャッキャ騒いでいるような気がしていたが
気のせいではなかったようだ。
彼のオーラはアジア人の若者にも伝わるらしい。
どう考えても夜景の写真を撮るフリをして
彼を撮影している気配を感じた。
言葉はわからないが、
きっと芸能人じゃないかと騒いでるに違いなかった。
彼はそういうことに慣れっこなのか
気づいていないのか、
何食わぬ顔でさちこの手を取って颯爽と歩き始めた。

駐車場に戻り、彼がトイレに行きたいと言った。
さちこもトイレに行って、口を濯ぎ、
さっきベンチで蚊に刺されたところを水で洗った。
車のところまで来ると
彼は助手席のドアを開けてくれた。
「まあ、ありがとう。」
さちこがスカートをひらひらさせて席につくと
彼がドアを閉めた。
さちこはハンドバッグから水のペットボトルを出して、
バッグは後部席に置いて、
シートベルトを閉め、水を飲んでいた。
「あ、お茶買えばよかった。」
「これ飲む?」
「うん。一口ちょうだい。」
彼はさちこの飲みかけのペットボトルを口にした。
例えどんな濃厚なセックスをした相手だとしても
自分の飲みかけのペットボトルを共有するのに
抵抗があるさちこは
もちろん自分から他人に勧めた事はない。
相手から<ちょっとちょうだい>と言われれば
あからさまに断れないので差し出すが、
これまでは差し上げるつもりで渡してきた。
もちろん返却されたらこっそり後で捨てていた。
なのに、あろうことか、今自分から自然に
「これ飲む?」と飲みかけを差し出して、
返却されたらしっかり受け取っている。
さちこはそんな自分に驚いていた。
(どうしたんだ、私。。。)
彼はそんなさちこの内心のことは露知らず、
ひと口飲んだペットボトルをさちこに返して
車のエンジンをかけた。