1話 天から二物以上を与えられた男
中級編マッチングアプリの使い方も
だんだん慣れてきた頃、
超イケメンの写真が目に飛び込んできた。
プロフィールは申し分無いが、8歳も年下だし、
こんなイケメンが自分を相手にしてくれるはずがない。
さちこはそう思って右と左どちらにスワイプするか
悩んでいた。
とりあえず、保留にしよう。
そう思い、真ん中の星ボタンを押すと
画面に「super likeを送りました」と表示された。
あろうことか、超積極的に彼にアピールしたことは
なんとなく察しがついて焦った。
イケメンとは言え、そこまでタイプじゃないし、
取り消しボタンはどこかにないものか?
焦りながらアプリの機能を探ったが、わからなかった。
(まあどうせ返事来ないでしょ。)
取り消すのを諦めて放置していたら
2日後、彼からメッセージがきた。
「super likeありがとうございます。」
(あちゃー。まちがって送っちゃったんだけど、
ほんとに返信くるとは。
とりあえず返信しとこ。)
「こちらこそメッセージありがとうございます。」
そこからなんとなくやりとりが始まった。
彼とは今週末の日曜日の11:00に会う約束をした。
さちこは午後からもう1人
「自称舐め犬」の男と新規面談の約束をしていた。
彼はさちこがこれまで聞いたこともない、
漢字の読み方も知らない東京の隅っこに
住んでいるとのことで、
どこに行くにも車移動の人種だった。
待ち合わせ当日、
わかりやすい場所と言うことで、
駅から少し離れたファミリーレストランの前を
指定された。
レストランの入り口の階段下で待っていると
彼は背後から現れた。
「こんにちは。遅れてすみません。」
振り返るとキラキラしたオーラに包まれた
爽やかな笑顔が目に飛び込んできた。
マスクをしていても
かなりのイケメンであることはすぐにわかった。
プロフの写真もイケメンだったが、
実物がそれ以上という男に初めて出会い、
さちこの胸は高鳴った。
(なぜこれほどまでのイケメンが、
マッチングアプリなんかで
出会いを求める必要があるのだろうか。。。
何かの勧誘をされるのでは?)
彼の顔は一瞬詐欺師かと疑うほどの美形だった。
「初めまして。いえ、大丈夫ですよ。」
「どうします?駅の方のカフェに行きますか?」
「雨降ってるしこのまま上のガストでもいいですよ。」
「じゃあガストにしましょうか。」
「はい。」
本当にかっこいい人とならガストさえも
オシャレなデートに思えてきたのであった。
店に入ると人手不足か、
片付いていないテーブルだらけだった。
しばらく待っても案内する店員も現れず、
彼の後に続いて空いている綺麗な席を探して
奥に進んだ。
どんよりとした店内の雰囲気にそぐわない彼が
キラキラオーラを振り撒きながら歩いていると
通り過ぎる度に客が一様に彼を見ていた。
「ここにしますか。」
「あっちのが広いから、あっちにしません?」
「そうですね。」
4人席のテーブルに向かい合わせに座り、
タブレットでドリンクを注文した。

「改めまして、初めまして。将生と言います。
よろしくお願いします。」
「こちらこそ、初めまして。さちこです。
よろしくお願いします。」
「さちこさん?なんてお呼びすればいいですか?」
「じゃあさっちゃんで。」
「さっちゃん、さっちゃん、さっちゃん、
さっちゃん、さっちゃん。。。」
彼は呪文を唱えるように
さちこの呼び名を10回以上繰り返した。
「いっぱいいるから
間違えないようにしてるんですね。笑
私はなんてお呼びしたらいいですか?」
「将生で。」
「わかりました。将生。
将生はすごいハンサムですね。モテるでしょ?」
「まあ。さっちゃんもモテるでしょ?」
「いやいや、将生に比べたら比べ物にならないよ。
私で大丈夫?」
「うん。思った通りの雰囲気の人で良かった。
こういう雰囲気の人が好きだから。」
(さすがモテ男は褒めるのも上手だ。)
「じゃあ良かった。ありがとう。年上好きなの?」
「うん。」
「将生はどういう人がタイプなの?」
「天然の人。」
「へえ。でも年上で天然って、
私ぐらいの歳でも天然だったらやばくない?
単なるアホでしょ?笑」
「そんなことないよ。」
彼は少し顔を曇らせた。
(いかん!ブラックジョークが出てしまった。
話題を変えよう。)
「じゃあ芸能人でいうとどういう人がタイプなの?」
「篠原涼子。」
「おお〜、確かに天然だね。そういう系か。
私全然似てないけど大丈夫?」
「うん。さっちゃんみたいな雰囲気の人好きだから。」
「そっか。ありがとう。」
(彼は私が見かけによらず
シュールな一面があることはまだ知らない。
このまましばらく封印しておこう。)
どこまで本当かはわからないが、
彼がいいと言ってくれてるので
鵜呑みにすることにした。
「将生は兄弟はいるの?」
「うん、お姉ちゃんが1人。」
「そうなんだ。ずっと東京に住んでるの?」
「いや、高校まで九州で大学で出てきたの。」
「やっぱり〜。九州の人って男前が多いもんね。」
「そうなの?」
「うん。東京でスカウトとかされたことないの?」
「いっぱいある。」
「やっぱりね。」
「大学の頃は渋谷とか行くと
しょっちゅう声かけられて、
その頃は怖くて断ってたけど、
今から思えば受けてれば良かったかなって思う。」
「まだいけるよ〜若いし、かっこいいし!」
「そうかなあ?笑」
「うん。
パトロンなんかいくらでも見つかりそうだし。笑」
「確かに年上にはよくモテる。」
「そーなんだ。で、仕事は何してるの?」
「機械の設計。」
「え?理系なの?」
「うん。」
(きゃあ〜!こんなイケメンで理系って!!
天は二物を与えるよね〜!!
神様!出会わせてくれてありがとう!!)
「私、理系の人ってすごく尊敬してるの。
自分がバリバリの文系だから。
将生は顔も、頭もいいんだね。
天は二物を与えるよね。」
「そうかな。」
「仕事楽しい?」
「うん。一回転職して、今の会社は楽しい。」
「前はどんな仕事してたの?」
「車の設計。車好きだから。
でもエンジンの設計だったから飽きちゃって。」
「そーなんだ。車好きなんだね。
どんな車乗ってるの?」
「普通のやつ。」
「セダン?」
「うん。」
「ふーん。」
言いたくなさそうだったからそれ以上は聞かなかった。
仮に彼が軽自動車に乗っていたとしても
ドライブに連れてって欲しいと思ったであろう。
「お子さんはいるの?」
「うん。娘。」
「いくつ?」
「中学。」
「そーなんだ。奥さんとはレスなの?」
「うん。ずっとしてない。」
「そーなんだ。」
(なんてもったいないことしてるんだ!
でも奥さんもモデルみたいに
さぞ綺麗な人なんだろうな。)
「奥さんも彼氏いるの?」
「知らない。性欲がないみたい。」
「ふーん。奥さん綺麗な人そうだね。」
「まあね。」
(正直且つ奥さんの悪口を言わないところも
素晴らしい。)
「ライン交換しよう。」
「うん、しよう。」
彼から言ってきてくれたことが嬉しかった。
「じゃあ今度いつ会う?」
「将生は平日のがいいの?」
「土曜は仕事入るかもしれないから平日の夜か日曜。」
「わかった。じゃあ再来週の木曜はどう?」
「うん。」
「時間は何時ごろにする?
私バイトが16時までだから
そっちの近所まで行こうか?」
「車で迎えに行くよ。」
「わかった。じゃあ時間潰して待ってるね。」
「うん。」
「そろそろ行こうか。」
「うん。トイレ行ってくる。」
「うん。」
もしここで彼にドリンクバーの代金を踏み倒して
置き去りにされてもいいと思った。
それぐらいイケメンとの時間は夢見心地であった。
彼は戻ってきて、伝票を持ってレジに並んだ。
「さっちゃんもトイレ行かなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
さちこは珍しく本気で財布からお金を出そうとした。
彼になら奢ってやってもいいぐらいの気持ちだった。
「いいよ。」
「ありがとう。ごちそうさまです。」
イケメンスマイルで言われると蕩けそうになった。
店を出た。
「本当に送っていかなくていい?」
「うん。電車乗って行くから大丈夫。ありがとう。」
「じゃあ駅まで送って行くよ。」
「ありがとう。」
(まさか他の男に会うために彼に車で送らせるなんぞ
できんわ。。。
あー、
この後新規面談の予定なんか入れるんじゃなかった。)
彼は近くの駐車場に車を置いたまま
さちこを駅まで送った。

さちこはもう彼に触れたくて手を繋ぎたくて
仕方なかったが我慢した。
いつも男たちの方がさちこの手を握りたそうに
ウズウズしている気持ちが今になってよくわかった。
「駅に着いたね。」
さちこはかなり名残惜しかったが、
悟られまいと気丈に振る舞った。
「うん。楽しかった。ありがとう。」
「うん、楽しかった。じゃあまた今度ね。」
「うん。」
改札口で彼は手を振って見送ってくれた。
<顔のいい男は性格もいい>
さちこの持論の裏付けが取れた瞬間であった。