5話 迷彩服のコスプレ
さちこはその日は美容室で、
帰りに彼の自宅の最寄駅で待ち合わせしていた。
駅に着いた頃、彼から
<今、左折禁止で捕まったから少し遅れる>
と連絡があった。
ツイテナイ男と
これからセックスするのはどうなのか、
ネガティブなエネルギーをもらってしまわないか、
思いつつも待ち合わせ場所に着いた。
しばらくすると彼の車がやってきた。
さちこは助手席のドアを開けた。
「お待たせ〜。」
「ううん。ありがとう。大変だったね。」
「かわいいね。可愛くなってる。」
「そう?良かった。ありがとう。」
「かわいい。」
彼はニコニコしてこちらを見て
しばらく目を離さなかった。
根が明るいポジティブな彼だけあって、
思ったほどのテンションの低さではなく少し安心した。
そこだけは彼の取り柄だと思っていた。
「私が待ち合わせ場所変更したせいで
通ることになった道なの?」
「いや、そんなことないよ。大丈夫。気にしないで。」
<そうだと言われても知らんけどな。>
そう思いつつも気遣う言葉が聞けてホッとした。
「ちょっとさ、スイーツ買って行こうと思って。」
「うん。あ、シャトレーゼ?
こんなとこにもあるんだ。
入ったことないけど全国展開してるんだね。」
「そう。俺、九州ではよく行ってたよ。」
「ふーん。九州にもあるんだね。」
中に入ると子連れのファミリー客で賑わっていた。
ケーキはもちろんのこと、
アイスクリームやプリンやら、和菓子まで
ありとあらゆる種類のスイーツが
集結しているかのようだった。

「いっぱい種類ありすぎて迷うね。
どうしようかな。」
単価は安いが彼には2つ欲しいとは言いにくかった。
「じゃあそれとそれ両方にしなよ。」
意外な一言だった。
全く嬉しくはないが、
これは彼なりの<歩み寄り>なのだろうと思い、
300円以上するケーキはやめて
遠慮して150円のエクレアにした。
彼の家に近づいてくると
前回よりも更に家の100mほど手前で
車から降ろされた。
先週よりも日差しがきつく暑いのにと
若干の不満は感じつつも
緑豊かな住宅地を歩くのはさほど苦痛ではなかった。
「ピンポン鳴らさなくていいからね。」
「うん。」
玄関が隣の部屋と向かい合わせなので
音を立てず静かに入るよう促された。
「お邪魔します。」
小声でドアを開けると相変わらず
玄関に出しっぱなしの靴が所狭しと並んでいた。
似たようなデザインの
手入れされていないスニーカーが散乱している様は
断捨離を極めたさちこにとってはやはり
気持ち悪いほどの違和感だった。
「相変わらず玄関に物が多いね。
靴下駄箱に入れたら?入らないの?」
「入るよ。やっぱ入れたほうがいい?」
「うん。そりゃ入れたほうがいいよ。
玄関がスッキリしてないと
いい運気が入ってこないらしいから。
だから捕まるんだよ。波動下がってる証拠だよ。」
「わかった。直す。」
彼は即座に3足の靴を下駄箱にしまった。
「偉いね。行動力あるじゃん。」
「うん。俺はすぐ行動する男だから。」
「いいね。」
さちこは先ほど買ってもらった洋菓子を
カバンから出して机に並べた。
「何飲む?冷たいのか、あったかいのか?」
「冷たいの。」
「冷たいのだったらカフェオレ。」
「うんじゃあカフェオレお願いします。ありがとう。」
さちこはソファに座りながらあたりを見回した。
「でも前より綺麗になってるね。
なんかスッキリした感じ。」
「うん。掃除したよ。」
「ありがとう。」
「でもさっちゃんからしたら
まだまだモノ多いでしょ?」
「うん。でも前より少なくなったんじゃない?
綺麗になってるよ。」
「やった。褒められた。」
(男は煽てないとやる気出さないからな。)
「さっちゃん、椅子があれだからこっちきて食べて。」
ダイニングテーブルに促されたので
菓子を運んで座った。
「いただきます。」
エクレアを食べ終わり、ソファに戻ると
彼はリビングを出て行った。
ソファのテーブルに
見せてもらう約束をしていた身分証が置いてあった。
さちこはそれを手に取り彼の経歴を読んでいた。
経歴なんぞに大した興味はなく、
身長を知りたかったから
見たいと言っていたのである。
身分証は肝心の身長の部分だけ付箋を貼っていたので
ケースから取り出してこっそり付箋をめくった。
「身長165cm」と書いてあった。
(そりゃわざわざ付箋貼るわな。笑)
めくった付箋を戻して身分証をケース入れて
テーブルに戻した。
彼は部屋から
クリーニングしたての迷彩服を持ってきた。
「あ、これ身分証、出しといたよ。」
(うん、身長もちゃんとめくって確認したよ。笑)
「あ、ここに置いてたね。ありがとう。見たよ。」
「ちょっと写真ぼやけてるけど。」
「いつ頃撮ったの?」
「2、3年前かな。」
「ふーん。若いね。なんか雰囲気違う。」
(2、3年で身長伸びんわな。笑)
「じゃあ、次は迷彩服着て。」
「さっちゃん着て。」
「いいの?じゃあ着てみる。これ女子も同じなの?」
「うん。ちょっと大きいけど。」
「大きいね。」
内ポケットに赤で記された文字を見て驚いた。
(なんで<171cm用>って書いてるねん。
165cmのくせに。笑)
「これ自分の?」
「うん。」
「わー本物だ。」
カバーオールを羽織った。
「やっぱ大きいね。コートみたい。」
「似合う。似合う。」
「どう?似合う?」
「うん。」
さちこは姿見の鏡の前に立った。
「じゃあズボンも履く。」
「ズボンこれ。」
スカートを脱いでズボンをはいた。
「わあーほんものだ。帽子は?」
「帽子もかぶるの?はい、これ。」
「ありがとう。どう?ちょっと大きいかな。」
「かわいい。
なんかアイドルが迷彩服着て
広報のカタログとかに出てるの。それみたい。」
「あー、あれね。アイドルみたい?笑」
「うん。似合うよ。可愛い。」
「じゃあ写真撮って。」
さちこは自分のスマホを彼に渡した。
「うん。いいけどSNSにあげたりしないでね。」
「しないよ。そんなのあげれるわけないじゃん。笑」
「そだね。旦那が見たら大変だもんね。」
何枚か写真を撮ってもらった。
「ありがとう。じゃあ次はふとしが着て。」
「俺はいいよ。いつも着てるから。」
「私見たことないもん。着てみせて。」
さちこは迷彩服のズボンを脱いで彼に返し、
パンティ姿のまま彼の迷彩服姿の写真を撮っていた。
さすがは軍人らしい顔つきになり
男らしく見えてゾクっとした。
写真を撮り終わり、スカートを履こうとすると
彼がすかさず真顔で言った。
「もうスカート履かなくていいでしょ。」
「。。。うん。」
彼の真剣な眼差しに
さちこはドキッとして少し恥ずかしげに頷いた。
