3話 天ざるの海老天を死守する男

次の週、さちこは前々から行ってみたかった
近所の観光スポットを提案した。
そこは最寄駅からバスでしか行けないので、
軽自動車とはいえ、彼の車の送迎は助かった。

土地全体で蕎麦を売りにしているところで、
蕎麦屋ばかりが20軒以上はあるところだった。

さちこはググって、十割蕎麦の店に行きたかったが、
彼は食べた後も駐車場に車を無料で置かせてもらえる
という理由で選んだ店を提案してきたので
仕方なしに承諾した。

駐車場に車を停めて、入り口の階段を上ると
受付らしきところで
食券を買うシステムのようだった。

さちこは受付に座っている店員に
とろろ蕎麦を注文した。
店員はそのまま彼に注文するよう促した。

彼はさちこが先に会計をしてから
自分の注文をしようと企んでいたことが
少し焦った仕草でお見通しだった。

店員は2人の会計を合わせて請求した。

「2480円です。」
「さっちゃん1000円出して。」
(は?まあ良いけど、やっぱりか。)

さちこはまたもや驚き、彼に千円札を渡した。
彼はさも多めに支払った風な態度をしていたが、
さちこの注文した蕎麦は1080円だった。

かつてのセコイ男<2400円の飲み代で
1000円要求して身体を触ってきた男>
を思い出し、テンションは一気に下がった。

(1000円のランチって
私でも友達に奢るくらいする金額だよな。ないわ。)

しかもとろろ蕎麦を注文したつもりが
好きでもないおろし蕎麦が運ばれてきて
自分が間違えて注文していたことに気づき
更にがっかりしていた。

そのうち彼の注文した天ざるが運ばれてきた。

「さっちゃん、天ぷら食べていいよ。」
「うん、ありがとう。」
「海老以外。」

その一言にさちこはイラッとした。

「私、海老が食べたいからいいわ。」
「海老はダメだよ。俺が食べたいもん。」
「ふーん。」
(知ってるよ。あえて言ったんだよ。)
「だって海老はメインでしょ。」
「そうだね。
でも私は、私が海老を食べたいって言ったら
自分も海老食べたかったけど、
さっちゃんが食べたいなら僕はいいよって言って
譲ってくれるような人がいい。」
「そんなの無理だよ。海老1個しかないし。」
「だから例え話だよ。
こっちだって天ざる注文する人は
海老天が食べたいからってのは百も承知だし、
1尾しかない海老天を取り上げようとは思わないよ。
そんな空気読めない人間じゃないし。
だけど、<じゃあ天ぷらだけ追加しようか>とか
それぐらい言えんのかって話だよね。」
「えーそうなの?」
(まあ1000円のランチ奢れない男に
その発想はないか。)

店を出て、車を置いて散歩した。
観光地だけあって、
蕎麦にちなんだ土産物屋が軒を連ねていた。
物欲のないさちこは素通りしたいところだったが、
彼は逆に物欲の塊で、
<あれも欲しい、これも欲しい。>
といちいち足を止めていた。

(どうせ買いもしないくせに。)
さちこは冷ややかな目で彼を見ていた。

彼は300円で袋いっぱいに入った蕎麦殻に
目を留めて立ち止まった。

「これいいな。欲しいな。」
(いやいや、1000円のランチ奢れない人が
これに300円も払うの?)
「いるの?」
「うん、枕欲しいなあって思って。」
「これ枕じゃないし、
一旦自分で乾燥させなきゃいけないよ。」
「そっか。でもお得じゃん。」
「じゃあ買えば。」
「えー迷う。」

300円で迷うほどのことか、
さちこには無駄な時間に思えて仕方なかった。

「じゃあ帰りにまだ欲しかったら買えば。
今買っても荷物になるからさ。」
「うん、そうする。」

優柔不断な男も苦手だし、
物欲の多い男も苦手だし、
女にランチを奢らないのに
自分の物は浪費する男、
全くタイプではなかった。

「ここいいところだね。
さっちゃんが提案してくれて良かったよ。
また来ようね。」
「私は次は海老天くれる人と来るわ。」
「またまた~そう言わないで。機嫌直してね。」

池のほとりのベンチに座って休憩した。

「ねえ、帰りにスイーツ買って家で食べようよ。」
「うん。」
(金ねえくせに。)
「あ、近くにカヌレのお店があるって。
カヌレって何?」
「フランスのお菓子でしょ?あれって結構高いよ。」
(あんたにとっては特に。)
「え?高いの?」
「うん。多分。
こんな小さいのに
1個2~300円くらいはするから。」
(お前にとっちゃ、こないだのフルーツサンドより
コスパ悪いんじゃね?)
「えーそうなの?じゃあ1個だけにしよう。」
「1個だけって。笑
他のにしたら?多分1個じゃ物足りないよ。」

さちこは自分の夫はケーキ屋に行くと
2人家族なのにケーキを2つだけ買うのが
恥ずかしいと言って4個買ってくるタイプで
それはそれで<勿体無い。なんで?>
といつも思っていたが、
2人いるのに1つしか買わないよりは
よっぽどいいと思った。

「そうかなあ。とりあえず行ってみようよ。」

帰り道にそのお店の前まで来ると閉店していた。

結局何も買わず、彼の家に行った。
こんな男と関係を進める価値はあるのか、
そう思いながらも
自衛官の官舎には興味があった。
<生理でセックスはしない>
と予め彼には承諾を得ていたし、
好奇心旺盛なさちこにとって
我慢せずにはいられなかった。

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