1話 カフェで小銭をせびる男

中級編マッチングアプリも

だいぶん使い慣れてきたところ、

夜な夜な物色しているとタイプの顔が現れた。

硬派な正面写真、

サッカーをしているらしくメンバーとの集合写真、

日本酒を片手に戯けた顔写真も載っていて

可愛らしかった。

身長は書いていなかったが

顔つきからして高身長な気がした。

同い年で、自宅との距離が相当近かったので、

こちらからいいねを押した。

しばらくするとメッセージが送られてきた。

会う気もないのにグダグダと

メッセージのやりとりを続けるのも

性に合わないので、彼の家は近隣だし、

バイトの帰りに近所のカフェで

とりあえず会ってみることにした。

彼はこの春に転勤で東京に引っ越してきたらしく、

まだ周辺地域を知らないということで、

待ち合わせ場所はさちこが指定した。

さちこは10分前から指定場所で待っていたが、

時間になっても彼が現れないので

メッセージを送ると

自分が場所を勘違いしていたことに気づき、

慌てて彼の待っている場所まで行った。

指定場所に近づくにつれて

遠巻きに彼の立っている姿が見えた。

やはり懸念した通り、彼の身長は高くなかった。

「こんにちは。すいません。」

「あーこんにちは。僕、場所間違ってましたか?」

「いえいえ。合ってます。

私が間違えてました。すみません。

じゃあこのビルにもカフェあるんで

そこにしましょうか。」

「はい。」

カフェに入り、席を確保して

レジに飲み物を買いに行った。

彼が先にコーヒーを注文し、

続けて注文するよう店員に促されたので、

さちこもコーヒーを注文した。

店員が2人分の合計金額を言ったので、

さちこは彼に自分の分を払ったほうがいいのかと、

財布を出した。

「じゃあ32円ある?」

「あ、はい。」

さちこはちょうど小銭があったので出したが、

正直せこい男だと思って驚いた。

席に戻り2時間ほど話した。

「改めまして、初めまして。」

「こちらこそ初めまして。どうですか?

写真と一緒ですか?大丈夫ですか?」

「はい。」

「なんかメッセージあまりしてないから

やる気ないのかなと思って。」

「いや、さっさと会いたいみたいなこと

書いてたからあまりメッセージのやりとりは

したくないのかなあと思って

遠慮してました。」

「あー、そうなんですね。

全然そんなことないですよ。」

「そうだったんですね。」

「同い年ですよね?」

「はい。僕、若く見られるんです。」

目尻の皺がそうは思わせなかった。

「へえ。そうですか。私も若く見られるんです。」

「いや、年相応だと思います。

え?俺のが若く見えるでしょ?」

(はあ?)

「いや、別に。年相応。」

(っていうか絶対お前のが年上に見える。)

「えー、そんなの初めて言われた。」

「いやいやいやいや、私のが年相応って

初めて言われてめちゃショックです。」

「そう?だってそう見えるもん。」

「すごい失礼ですよ。

<よく若く見られる>って言ってる女性に対して

年相応って。」

「そんなことないよ。正直に言ってるだけだから。」

「そうですか。」

彼とはないなと思った。

「あの駅で公務員って言うと、

もしかして自衛隊の人?」

「よく知ってるね。そうだよ。」

「だってあそこに基地あるでしょ?」

「うん。」

「じゃああそこに官舎があるの?」

「あるけど、そこには住んでない。

出入りが面倒だからね。」

「そうだね。女連れ込めなさそうだもんね。」

「まあね。家賃は安いんだけど。食堂もあるし。」

「ふーん。転勤多いの?」

「2、3年に一回かな。」

「じゃあ転勤ごとにこのアプリで

各地に彼女作ってるんだね。」

「まあ。。。彼女っていうか。。。」

「前の彼女はそれで納得したの?」

「彼女っていうか。。。転勤前に一回別れて。」

「なんで?」

「なんか俺に罪悪感が芽生えて、

<もう会うのやめよう>って言ったの。」

「へえ。それは勝手だね。」

「そう?で、数ヶ月後また会うようになったけど、

今度は俺の転勤が決まったから言ったら

<自分勝手だ>って言われて音信不通になった。」

「そりゃそうだろうね。ひどいわ。」

「そう?」

「転勤は仕方ないけど、罪悪感とかで会わないって、

だったら婚外恋愛なんかすべきじゃないわ。」

「あの時はね、俺も未熟だったの。

今はそんなの思わないから。」

「そう言っといて、また言い出すんじゃないの?」

「いや、もう学んだから言わないよ。」

「ふーん。」

一番驚いたのは、

なんの脈絡も無しに彼が納税について

不満を言い出したことだった。

「最近めっちゃ税金って高いなって思う。」

国家公務員が民間人に向かって話すことなのかと

少々驚いたが、さちこは持論を展開した。

「税金で飯食ってる側なのに

税金高いって思うんだね。笑」

「まあそうだけど、でもめっちゃ払わされるじゃん。」

彼がどれほど納税しているかわからないが、

所詮は国家公務員で、民間人より景気に左右されて

ボーナスがカットされるわけではない。

しかもこの後の年金は大抵の民間人より多いのだから

うちよりは恩恵を受けるのではないかと思った。

「でもさ、そっちは子供3人いて

税金の使い道の恩恵はうちよりあると思うよ。

学校とかさ、子供手当とか、

今あるのかわかんないけど。。。」

「そっか。」

「うちなんか、子供いないから

控除もしれてるし丸々払ってるよ。

しかも子供いる人には、

将来我々の子供達があんたらみたいな

子無し老人の年金払わなきゃいけないって

嫌味まで言われるし。」

「なるほど〜。そういう考え方もあったのか。」

「まあ、立場によっていろんな考え方あるから

いいと思うけどさ。

自分とこだけ損してるって思っても仕方ないしね。」

「勉強になった。

でもそんなこと言う人いるんだね。」

「いるよ。普通思ってても言わないだろうけど、

前の会社で一緒に働いてた人、

いつも子供が病気になったとか言って休んで

仕事でこっちにしわ寄せしてんのに、

それでもこっちは文句言わずやってるのに

自分のことは棚に置いてそれ言われちゃうとねえ。

でもそれが本音なんだろうなって思ったよ。」

「そっか。俺はそんなこと思ったことないけど。」

「まあ人それぞれだね。」

彼とは2時間ほど話し、

さちこはいつもなら晩御飯の時間で

すっかりお腹が空いていた。

「お腹すいた。」

「。。。」

(一人暮らしなのに飯誘わないんだ。)

彼は<じゃあご飯でも>という素振りは

見せなかったので、向こうも今後

会うつもりはないのかと判断し帰ろうとした。

「ねえ、ライン交換しよ。」

「あ、いいよ。年相応だけどいいの?笑」

「だから年相応は別に悪い言葉じゃないから。笑」

「あ、そう。」

「日曜日、ランチ行こうよ。」

「え、日曜日?」

「うん、こないだ今日と日曜どっちがいい?

って聞いてたから両方空いてるってことでしょ?」

(すげえあざといな。)

「わかった。いいよ。」

店を出て、エスカレーターで降りた。

「さっちゃんが僕より背が低くて良かった。」

(あまり変わんねえじゃん。)

「そうなの。何センチ?」

「内緒。」

「ふーん。」

彼がさちこの前に立つと、

彼の頭がものすごく下にあるように感じた。

(エスカレーターの段差ってこんなにあるんだな。

昨日岡田将生似の男が後ろに立ってた時は

ちょうど私と顔の位置が近くなってドキドキしたのに

今日のこの光景。。。

やっぱかなり背低いよな。

この感覚久しぶりだわ。。。)

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